Ⅰ15期(小沢研7期) 沖 洋一

最初にお断りですが、本稿は私の長年の友電会活動で学んだことをベースと私見であるため友電会本部と認識の相違があるかもわかりませんがご容赦願います。

友電会との最初の出会いは、就職した年の1979年秋に開催された関東支部総会の参加したことです。
支部役員の方だけでなく、関西から出席していた当時の中西会長や、吉田祐三広報担当理事から温かい激励を受けたことを今でも覚えています。
その後、同じ会社の中野さんより、観野さん宅で行われた支部役員を中心とした新年会に誘いがあり、当時の支部役員との繋がりができました。
当時は、何人かの先生方の参加があり、在学中に接点がなかった先生とも繋がりができ、特に私費も含め毎
年参加してくださった奥野先生にはOB集めに関して数々の有意義なアドナイスを頂きました。
ここでは同窓会活動にとっての基本は人集めということを学び、今も私個人の認識は変わっていません。
それから、個人としては、友電会のイベントにOBを誘うことは言うまでもなく、当時、麹町にあった大学の東京事務所(初代)をお借りし、卒研の関東地区のOB会を開催し、関東だけでなく静岡県からの参加もあり、名簿の半数以上の方が参加してくださり、大成功に終わることができました、
どうしても自分の繋がりに限界があるので新たな繋がりの構築にも挑戦しました。
20歳代の時は、友電会名簿に関東地区の住所で掲載されている同世代のOB10人以上に自腹で時候挨拶の手紙を出し人脈の拡大を試みました。
幸いにも、今でも交流がある方もいます。2000年以降は、大学祭の際に評議員会が開催されていましたが、その会場の下のフロアで毎年、クラブ以外の学生グループの展示があり、OBとの繋がりを試み、その1つの団体のOB
と繋がることができ、関西在住の方の評議員⇒社員への誘うことや、初代の方の(埼玉在住)の自宅で開催されたOBの集まりに呼ばれたこともありました。
また、本部総会にも何回か参加しましたが、入社2年目の時に初めて参加した本部総会は関東支部総会(当時は50~100人規模)とは比べ物にならいくらい貧弱なものでした。また、当時の在阪の本部役員から頼まれたことは、総会への参加呼びかけでなく、委任状を集めることのお願いでした。
関東の感覚なら、まずは参加を呼びかかけ不参加の場合は委任状という感じでしたので、貧弱な原因はここにあると
思いました。

仕事の都合で1990年前後の4年間、大阪で過ごしましたが、関東との縁が薄くなくことにより友電会から遠ざかる危機を迎えましたが、前述の吉田理事の手伝いと言う形で友電会活動に貢献できました。
1990年の1000人近く集まった、大型フェリーでの船上総会の時は、大阪市内のスナックで酒を酌み交わしながら何回は打ち合わせをしたことを覚えています。
また、私の在阪時は、広報、事務局が中心となり誰でも参加できる情報交換会が月1回のペースで開催(会報で曜日、場所は告知)されていたので、ここに足を運ぶことにより、本部側との意見交換もできました。
本部総会で、関東を上回ったと感じたのは、この年の船上総会と翌年のミステリー列車総会だけでした。
その後、関東に戻り、子育ての休養期間後に復帰しました。
体制変更により支部が分割されましたが、旧関東支部のDNAは、現在の東京支部に引き継がれていることを感じています。


2024~2025年度の2年間、本部理事となり、組織支援部会長として全支部を見る機会がありましたが、2024-2025年度の2年間連続で総会出席30人以上だったのは東京支部だけです。
2023年時点で本部が把握している地域別の卒業生数は、東京200人弱、関東全体700人程度しかおらず、他の三大都市圏では、東海全体で関東全体の2倍程度、関西各府県で数千人以上の卒業生がいますが、2025年度の総会参加者については、東海支部8名(地域支部最低)、関西地区では、各支部とも20人超え(在学生、隣接地域を含む) の参加しかなく、同一府内からの参加者1桁の支部が複数ありました。
これを見る限り東京支部が人集めにどれだけ貢献しているか言うまでもありません。ただ、私の認識では、東京支部は特別なことをしているわけではなく、日頃から同窓の友との関係を大切にするという当たり前のことの積み重ねしかしていません。
東京支部の感覚からすれば、関西の各支部は東京の数十倍の卒業生がいるだけでなく、多くの友電会会員の教職員が在籍しており、50人以上集まって当然のように思えますが、不思議です。
この要因の一つは支部助成金かと思います。
現状は、規模、参加人数に関係なく一律で支部と名乗れば、1桁のしか集められなくても100人集めても基本的には同じ金額です。


私は基本給+職能給(集まった人数で評価)の形の改選案を提案しましたが、色々難くせを付けられ差し戻し、再提出が続いている状態ですので、道半ばということで理事の継続を希望しましたが、結果的には解任という形での交代となりました。引き継ぎ事項として次期メンバに託してしますが、廃案になる可能性も危惧しておりますが、同窓会で最も重要な人集めを正当に評価出来ない限り、発展はないと思います。
残念ながら、理事会や支部長会での東京支部の評価は、自分たちが絶体出来なかった30人以上連続を正当に評価せず、「飲み食いしているだけ」とは「繰越金が多すぎる」とかいう木を見て森を見ずの湾曲された評価も聞こえてきます。
東京支部の決算書を。事業費=飲み食いという観点で悪意的にみればそうなるかもわかりません。
人数を集めれば額が増えることは当然です。会費収入が多いのはダントツで東京支部です。助成金を大幅に上回る会費を集めています。
関西の支部の中には、助成金の合計より大幅に会費収入が少ない支部も複数存在します。また、イベント時に基調講演を開催していますが、決算書では見えないので誤解されますが、東京支部の場合、会員との信頼関係が厚いので、ご厚意で講演を引き受けてくださる方が多くいるため費用が見えない形となっています。また役員会についても、会場費、交通費は役員の厚意で開催できているので数字にはでていません。
また、友電会の繰越金の考え方は、(前年度繰越金+当年度収入)-(当年度支出)で、一般的な会計処理で許されている記念事業のための積立金や安定運用のための留保は一切考慮されず、繰越金が多い=悪とされています。
これは根本的な誤りです。
以前、関東総支部で例年50人以上集まっていた総会の参加者が10人程度の時があり、不足分の数十万を赤字計上せず、当時の総支部長個人が負担した経緯があり、これを教訓として関東の各支部は万一のことのために一定の内部留保を持っています。


毎年20人程度の総会で満足している支部なら20人から10人に減ったところで前日くらいまでに調整すれば大きな被害とはならないと思いますが、50人をベースにしているところはこれが10人に減れば大損害となるので、一定の保険が必要ですが、他に連続で50人以上集めようとしている支部がないので理解されないのが実情です。
一度、連続50人以上集めることに挑戦するか、自費(会長のように経費では上から目線となり真実は見えない)で東京支部のイベントに参加すれば、いかに東京支部が当たり前のことを積み重ねて実績を上げているかがわかると思います。